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カリフォルニア物語 [books]

僕だって漫画で育った世代なんです。実は。(笑)
小学生の頃に『ドカベン』や『キャプテン』などの野球マンガで野球の全てを教わりましたし、『ブラックジャック』や『750ライダー』で男の美学を学びました。
『サイボーグ009』や『人造人間キカイダー』などで善悪の曖昧さを知り、『あばしり一家』や『ハレンチ学園』でエロの初心を教わり、『デビルマン』や『魔王ダンテ』で人間の狂気を知る世代なんですね。
そうなんです。
僕は『巨人の星』や『あしたのジョー』や『ダイガーマスク』世代のちょっと後の世代なんです。

****

漫画週刊誌を欠かさず購入するほどのお金持ちではありませんでした。
でも折りにつけ話題作はとりあえず目を通す感じでしたし、漫画を購読している友達も多かったので読ませてもらってました。
もちろん時代がそうだったという感じです。
インターネットもビデオもない。
自分が自分の時間にチョイス出来る楽しみは音楽と漫画しかなかった時代だったんですね。
もちろん、ここには書き切れないほど様々な漫画を読んできましたよ。
でも先に上げた漫画はほぼ小学生時代に夢中で読んだ作品です。
その後は次第に読む漫画は厳選されて、「琴線に触れる作品を読む」というスタイルに当然変わってゆくわけです。

そんな中、振り返れば、僕の価値観や何かに対するベーシックなスタンスに影響を与えたなと思える作品もあったりしますね。
未だに『アキラ』を越える衝撃には出会ってませんが、あの作品はエンターテインメントでした。
描かれた世界も哲学も、すべてが衝撃でしたがあくまでも壮大なエンターテインメント作品。
それよりも作品的には小さくとも、僕の心に深く届き、僕のベーシック・ワールドの一端を成しているかも知れない作品。
そんな作品が僕には2つあります。
そのひとつが吉田秋生さんの『カリフォルニア物語』ですかね。

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僕がこの作品を読んだのは高校生の時でした。
主人公・ヒースが故郷のカリフォルニアからドロップアウトして逃れてきたNY・マンハッタンで過ごした青春物語。
青春と言ってもすべてがちゃんと結ばれないし報われない世界。
壊れてしまってから大切なものを見つけてゆくというデリケートなリアリティに溢れた作品でした。
特に吉田さんの人物描写の上手さに虜になった僕は夢中でこの漫画を愛読しましたよ。
当時「これがリアルなアメリカの影であり、どうしようもない現実の群像なのだ」と感じていましたね。
昔憧れていた「海と太陽と音楽のLA」なんてアメリカの本質とは違うよななんて思ったりなんかしてね。
海外への憧れなどとは無関係に描かれる圧倒的な人間描写はえぐるような悲劇で読む者を襲います。
深い哀しみとやりきれない「現実」。
そして人と人の間に横たわる「愛」。
この作品の続編的な物語『BANANA FISH』は未だに高い評価を受ける吉田さんの名作ですが、僕にはこの作品のヒースとイーヴの想いに打ち震えるのです。

「運命ってのはさ・・・あるんだよ どうしようもないことってのはあるんだ・・・おまえは十分してやったさ」
「なにを? オレはなにもしていない」
「イーヴはおまえと友だちになって救われたんだよ 言ってたじゃないか・・・”オレをバカにしなかったのはあんただけだ”って」
「なにもしてない・・・オレは他人なんか救えない・・・ 自分のめんどうだって満足に見られないのに・・・・・」
「なにが救いになるかは本人にしかわからんさ そうだろ?」

兄を失い、イーヴを失ったヒースがなにかを見つけてゆく青春の日々。
人は分かり合えないことに翻弄されて現実をなんとか渡ってゆくもの。
そしてそれを失って初めて、それがどれだけ大切だったかを知る生き物。
この作品はそんな作品に思えてしかたないんですね。

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****

ヒースが兄・テリーと育った庭でかくれんぼの時に必ず隠れ場所にしていたミモザの木。
トウモロコシ畑を見ると『フィールド・オブ・ドリームス』を必ず思い出すように、
ミモザの花を見ると、僕は密かに(笑)、必ずヒースのことを思い出してるんです。

で、もう1つは?
それはまた今度ね。w w

Mahalo!


Billy Joel - Say Goodbye to Hollywood

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読書感想画 [books]


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第23回 読書感想画中央コンクール
というのが9月1日に公示されました。
説明によると
「この読書感想画中央コンクールは、読書の感動を絵画で表現することにより、児童生徒の読書力を養い、読書活動を振興することを目的に、全国学校図書館協議会と毎日新聞社の主催で実施しているもの」らしいです。(堅っ!w)
まあ早い話が本を読んで感じたまま絵を描く、という読書感想文の絵画版ということです。
実施地域は北海道、山口県、九州地区8県を除く、全国37都府県の小学生・中学生・高校生(全日制・定時制・通信制)が対象で、個人応募ではなく、学校単位で参加という形式で行われるそうですね。

自由読書と指定読書があり、
自由読書は文字通り図書を個人が自由に選んで絵画のテーマにすることで、
指定読書は主催者の指定した図書の中から選んで感想画にすることです。
今回、この指定図書の中学校・高等学校部門に『自転車冒険記:12歳の助走』(竹内真:著/河出書房新社:刊)が指定されました。

あの僕が表紙の絵も手掛けデザインした小説ですね。w

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今回、中学・高校の選定図書ですから
もし選んだ学生がいてくれたとしたらかなりの力作が見れるのではと期待しているのですが。
僕のイメージした表紙のイメージとはまた全然違う世界が見れたら嬉しいのですけどね。w
締め切りは当コンクールに参加する学校単位で指定が違うと思いますので、興味のある生徒さんは是非確認を。(いないか!笑)
この『自転車冒険記:12歳の助走』。
先月重版したばかりなので、ここのところ吉報が続いていますね。w
こうなったら早く続編が読みたい(作りたい)ものですよ。
まあ、それについてはそのうちさらなる吉報が届くのではと期待していますけど。w w

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しかし読書感想画なんて大人になったら描かないよね。
なんかそういうこともわざわざしてみるのもいいかも知れないな、なんて思ったり。
でもよーく考えてみたら、書籍カバーの絵の制作なんて、
その読書感想画の延長みたいなものですよねー。w
そういう機会をお仕事としていただけるなんて
なんだかちょっと幸せなのかもね。
また描けるといいな。
今回の応募作品を見れる機会があったら
是非とも続編の参考にさせていただこうかと。(笑)

Mahalo!


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蜂の大量死 [books]

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ローワン・ジェイコブセンというジャーナリストのレポート
ハチはなぜ大量死したのか』(文藝春秋刊)を読みました。
アメリカを中心に養蜂ミツバチが突然、
死骸も残さずに大量に消えているという現象を追ったノンフィクションです。
2007年春までに北半球のアメリカやヨーロッパのミツバチの4分の1が消えてしまったというのです。
そういうことが現代に起こっているということは知っていました。
NHKかどこかでもドキュメンタリーをやっていたような気がします。
以前からこの著作を拝読したいと思っていたのですが、
ちょっと新幹線に乗る機会が数回あったので、思い切って買ってみましたよ。
感想はというと…とっても面白かったんです。
なのでちょっと紹介。
まあ本の紹介なんて興味の無い方々には苦痛なだけでしょうけれども(笑)。
養蜂の実態やミツバチの生態と共に、問題となっている事象の始まりが描かれます。
そして圧巻なのが、そのCCD(蜂群崩壊症候群)と呼ばれる現象の犯人探しです。
ダニ(蜂に寄生するダニで、多くの大量死の原因はこのダニのせいらしい)から遺伝子組み換え作物、
蜂が犯されるウィルスや農薬、
そして欧米で盛んに行われている移動型養蜂などによる蜂のストレスなど、
その犯人探しのプロセスのレポートは、
つまんない推理小説なんかよりも数倍面白い、
とってもエキサイティングなレポートになっていて、
今まで知る事も無かった蜂を取り巻く商業農業のシステムの問題点の深刻さに驚かされるのです。
そしてなによりも、僕らが口にする食物の実の80%が、
蜂を含む花粉媒介者のお世話になっているという事実です。
もはやミツバチがいなければ、この巨大な食物需要を支えるだけのシステムが成り立たないのだそうです。
まさに原題『実りなき秋』(Fruitless Fall)が現実になってしまうかも知れないのですね。

大きな何かが、微細な範囲で起こっているということは皆が感じています。
そうなってしまった原因を作り出すのを自分たちが担って来てしまったという自覚も皆が感じています。
それらのツケが異常気象や生物異変などの形で噴出するたびに、
言いようの無い不安を覚えずにはいられないものです。
でもそれらを元に戻す方法なんて僕らは知る由もないし、
知る事も無いのかもしれません。
そもそもそんな方法なんていうのはないのかもしれませんしね。
人間が何年も何百年もかけて作り出したシステムを大打撃が襲って初めて、僕らは違う道を模索し始めるものなのです。
そうなる序章はあちらこちらで起こっていると皆が感じています。
本書にはどうすべきかなどという答は書かれていません。
今起きている、今までとは違う事象を紹介しているに過ぎません。
しかも本書のレポートは養蜂や農業の大きな問題が関わっている事象なので、
僕らの生活スタイルの表層を責められる事件でもありません。
それでも大きな地球生命圏の一部として考えると、
自分たちも何かを歪ませているに違いないことは知っています。
でも何にも出来ないんです。
本当は。
問題を作り出す様々なものからの恩恵を深く受けながら、
僕ら一人一人は何にも出来ないんだな。
だからそういう何かを改善しようとしている組織や会社や政治を応援するしかないのかも。
そうか。
それなら出来るかもね。
出来ることを考えてみようと思うんです。
出来ないかもしれないけれども(笑)。

マハロ。

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